百合と薔薇のユウウツ
                 〜789女子高生シリーズ

          *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
           789女子高生設定をお借りしました。
 


 苛酷な夏だった これも後遺症か。今年の秋はなかなか、それらしい色合いに塗り変わらなくて。それでも先日から、街路樹が色づいての はらはらと舗道へ舞い落ちていたり、朝晩はさすがに、半袖や裸足で外に長居は出来なかったりするような、そんな清かな空気になってはいたけれど。

 「そういえば、ほら。
  お彼岸の前後にいきなり涼しくなったじゃありませんか。」

 「そうそう。あの頃は急な冷え込みに驚かされました。」

 とはいえ、そのまま秋めくかと思いきや、またまた気温は上がって、秋物が全く売れないという十月になり。ファーづかいの小物やブーツ、手触りに我慢しいしい使うギャルたちが、いかにも恨めしいと見上げた空だけは、秋の澄み渡った色合いを増していった神無月の最終週。

  シベリア方面からの寒気団が
  やっとのことで南下して来たそうで

 北海道や日本海側では、昼間から白いものが舞い、関西地方でも強い北風が吹き、木枯らし1号と発表された。もう冬の趣きがやって来たともなれば、ニュースの冒頭なぞでは、何とも短かった秋でしたねと、女性キャスターが神妙なお顔で言ってたりするのだが。確かに、ほんのつい先日まで夏日・真夏日の連続だった日本列島。衣替えしたばかりな長袖厚手の制服が、何とも重いし暑いよぉと、不平たらたらだったのにね。それが一気に、一晩で、これだけじゃあ寒くってたまらないと、コートを引っ張り出すのはまだ早いとして、学校指定の、ちょっぴり大きめのカーディガン、重ね着しなくちゃならなくなろうとは。

  しかもしかも

 そんなもんじゃあ収まらぬ、思いがけない嵐が、音もなく襲来していようとは。やんごとなき令嬢ぞろいの女学園が、今日一日、微妙な暗雲垂れ込める、穏やかならぬ日となろうとは、一体誰が思うただろか…。

 「おはようございます。」
 「おはよう。」
 「ごきげんよう、お姉様。」

 清らかな乙女らを俗世のあらゆる穢れから護らんとする、聖なる加護の力得た、天の槍をも思わせる。漆黒の鋼を連ねたる、鉄柵と同じ仕様の鉄の門扉が囲う広大な敷地には。今日も今日とて、朝早くから、濃色のセーラー服をまとった少女らが、にこやかな笑顔と共に登校してくる。どこかから届くは金木犀だろう華やかな甘い香で。それが際立つほど閑静な住宅街の一角、あくまでも静かなさざめきのような穏やかな談笑の声をのみ まとわせて。おっとりとした挨拶を交わしながら、名門と名高いミッションスクールへ、お揃いの制服をまといし少女らが、整然と向かう様の、何とも清かな風景だろうか。お揃いの制服…とはいえ、昨日一昨日辺りからの急な寒さの到来には、朝の間だけであれ寒いのが辛いとする和子のみが、これもやはり深色の、細編みのカーディガンを羽織っており。本来はもう少し秋が深まってから引っ張り出される上着だからか。昨日か今朝かに出しましたと言わんばかり、袖に折り目がくっきりとついたの羽織っている子や。直しが間に合わなかったか、手の甲までも袖口が降りている、大きめのをそのまま まとっている子も少なからずおり。

 「いやですわ。昨年度の末に買い替えたばかりでしたの。」
 「そうでしたの。でも、大きいのも可愛らしくてよ。」
 「でもでも、シスターから叱られてしまいますもの。」

 衣服の乱れは心の乱れと、杓子定規なことを言うのではなく。例えば、シンプルで厳粛な制服でさえ、それは優美に、若しくは軽やかに。隙なく着こなすお姉様がいるものだから。ああ、わたしもあんな風に、制服姿でさえ素敵と、皆様から振り返られるような着こなしをしたいと思えばこそ。だらしない着方はみっともないと、自然に刷り込まれる素晴らしさ。…口を酸っぱくして叱るばかりじゃあないんですね、うんうん。
(苦笑) そんな奥ゆかしい女子高生の皆様が、粛々と登校して来つつあった女学園だったのだが。

 「? どうかなさったの?」
 「あ、○○さん、ごきげんよう。」

 校内では上履きに履き替えるその昇降口。革製の通学靴を収納しておくスチール製の下駄箱が、ちょっとしたビル群のように居並ぶ空間の、ガラス扉を広く開放された入り口に、何故だか少女らが固まっており。通行止めの規制でもされているものかと、後から来た生徒が声を掛ければ、

 「それが…ね?」

 微妙なことだからか、上手く言えずに口ごもり、その代わりというように何とか視線を先へと向けるお友達。どうしたことかと怪訝に思いつつ、それでもその視線を追ってみれば、

 「……………あ。」

 どうして踏み込めぬままでいたお友達かが、すぐにも判ったのも無理はない。だって視線の先にいたのは、知らない者のない二年生のお姉様。さっき例えにしかかった、清楚だが画一的な制服さえ麗しく着こなすほどの、整った美貌とそれから。繊細な神経の行き届いた、それは優美な立ち居を備えた上級生であり。全校生徒の憧れと言っても過言ではない存在である証し、金髪に青玻璃の双眸がいや映える、色白で嫋やかな印象深い風貌を指し、白百合様とも呼ばれておいで。そんな際立った存在ではあれ、それを鼻に掛けるような傲岸な人じゃあない。なのにどうして、そんな彼女がいる通廊へ、近づけずにいる皆様なのかと言えば。

 「………。」

 そこにいたのはもう一人。そちらもまた、玲瓏透徹な華やかな美貌をもってして、下級生たちから“紅バラ様”と呼ばしむる二年生であり。こちらはそれは軽やかなくせっ毛の、やはり金の髪をしたお嬢様。その双眸も、日本人にはまずはいなかろう、宝珠のような紅色の虹彩したそれであり。そんな特異な色彩を、だのに異様とはせずの麗しい特徴と均してしまえる、それほどに目立つことこの上ない美貌の君。嫋やかな白百合様とは微妙に相反し、こちらの紅バラ様は苛烈な印象たたえた御方。日頃からも寡黙で表情も薄く、だというに、なんと高貴で誇り高いお姉様かと、滅多に笑わぬことさえ美徳に数えられておいでだったりし。

 「………。」
 「………。」

 そんなお二人が同じ場に同座している図というの、実はさして珍しいことではない。むしろ、いつだって一緒の仲良しさんでいらっしゃり。ここへ赤毛で小柄なベビーフェイスのひなげしさんを加えての、女学園で一番人気の三人娘として通っておいでのはずなのだが。

  「…………………どうされたのかしら。」
  「そうそう、それなのよ。」

 朝の登校時間という、この学園にしてはにぎやかな時間帯であるにもかかわらず。ここだけが微妙に周囲のざわめきのみ響かせる、虚空の亜空間となっているほどの静けさ保っているのはどうしたことか。誰あらん、白百合様と紅バラ様が、微妙に相手の様子を伺いあってでもいるかのような、そんな空気を醸しておいでだからに他ならず。

 「…あの…。」
 「…っ、」

 どちらが何か言いかけたような気配があったがそれも続かず。そのまますぐにも、どちらからともなく視線を外すと。背中を向けあってのそそくさと、右と左へと離れていってしまったものだから。


  ………………………………………………………。


  「…………………うそ。」
  「でも、今のって……。」
  「そんなことってあり得ないわ。」
  「一体、何がどうしたというの?」


 幾刻かの沈黙の後、二人がそれぞれにお廊下の端と端へと消え去ってから。声もないまま息を飲み、じっと見守っていたお嬢様たちが、今度は一斉にその口を開くと、口々に何かを確かめ合いたがったのは言うまでもない。

  今見た情景が意味するものは何?
  あれほど仲のいいお二人が、一体どうしたの?
  一体、何があってのあんなことに?

 季節外れの台風が来たっても、ここまでの動揺を呼びはしなかろう。だってお付きの乳母や執事が何とかしてくれるから。
(おいおい) そんな勝手が利くはずもなければ、どれほど聡明でもそうそうは解けないだろう大きな謎が出來(しゅったい)し。日頃の安寧はどこへやら、女学園はどれほどぶりかという事件を抱えてしまったようである。




      ◇◇


 やんごとなきお嬢様がたが、表向きには清楚なまんまながら、その実…授業中に内緒のお手紙を回し合うわ、目線が合えば 額寄せ合いこそこそひそひそ囁き合うわ。全校生 丸ごとという規模にて沸いたは久方ぶり…というほど、唐突に降って涌いた椿事へと皆の話題もそれへと集中している模様。話題の中心となっているのは、二年の同じクラスにおわす、白百合様こと草野七郎次というお姉様と、紅バラ様こと三木久蔵というお姉様のお二人で。先にも述べたよに、面差しといい すんなりと整った肢体といい、それは麗しい風貌をし。立ち居振る舞いも優美で機敏。態度言動は知的で落ち着きがあり、礼儀もわきまえておいでの、全く非の打ちどころのないお嬢様がたであり。誰ぞとむやみに争うのも好まれず、やっかまれても優雅に躱すすべを心得ておいで。そんな話を持ち出すまでもなく、お互いをこそ仲のいい存在としていらした彼女らではなかったか? 教室では勿論のこと、お昼休みや放課後に、校庭や帰り道にて、それは楽しそうに付かず離れつ笑いさざめき合っておいでなの、それこそ当たり前のお姿として見て来た周囲であるだけに、

 「見ました? 今朝の。」
 「ええ、びっくりしましたわ。」
 「わたしはお話だけですが、一体どのようになさっておいでだったと?」

 だってやっぱりあれは意外ですわ。目が合っただけでそそくさと離れてしまわれて。あの後もね、何か言いたげに口元を震わせては、でもでも結局、そっぽを向き合うようにして離れて行かれて。教室では口もお聞きにならないのですってよ。まあ、それって大変じゃありませんこと? と。こそこそとしたそれながら、まあまあ沸くこと沸くこと。

 “日頃からも話題がない訳じゃあなかったのですけれど。”

 間近に迫った学園祭の支度より、いっそ重大事だと言わんばかりに、お嬢様がたの関心は 二人の姫ねえさま(…)の仲たがいへと集中しており。

 「一体何が発端なのでしょか。」
 「そうなのよ、あれほど仲のよろしかったお二人なのに。」
 「何かを争っての齟齬でしょか。」
 「争うと言っても、
  お二方ともあまり我こそはと身を乗り出さない方々ですし。」
 「楚々としていて、しかも寡欲でおいでですものね。」

 “そうですかね。夏休みは結構な大暴れもしましたが。”

 「それに、何かを取り合うようなところ、見たことがありませんわ。」
 「そうですよね。何でも譲ってしまわれる、奥ゆかしいお二人ですし。」

 “勘兵衛殿に関しては、そうでもなかったようですが。”

 かつては侍だったという、生々しいまでの前世の記憶を、そのまま抱えて転生した身であることへ。平八の次に覚醒した久蔵は、五郎兵衛の知人という入り口から紹介された島田勘兵衛を、すぐさまあの頃の因縁ごと思い出したほどだった。ただ…惜しいかな、七郎次のように武道の腕を磨いてはなかったため、今世での決着は無理と来て、どれほどのこと口惜しがっておられたことかと。そうであったればこそ、仲良しなままでいられる七郎次へも、時折“口惜しい”とこぼしていたほどだったのだから、何でも譲るというのは、成程 誤った認識ともなろうこと。そんなことなぞ知りようはずもない、他の女生徒の方々の声は、別な可能性への模索をも始めていて。

 「それでも…そうですわ、
  購買で最後のデニッシュを取り合うことになってしまったとか。」
 「三笠屋のデニッシュは確かに奪い合うほど美味しいですものね。」

  おいおい

 「ですが、三木さんは栗あんタルトの方がお好きですわよ?」
 「そういえば、そうでしたね。」

  こらこら、何で知ってる。

 「じゃあ、お手洗いの鏡前で鉢合わせしたとか?」
 「あら、お二人はスリムだから、一緒に並んで使っておいでですわよ?」
 「それに、ご不浄へまで一緒はなさらない奇特な方々ですし。」

  何で“奇特”か。

 「そも、三木さんはあんまり鏡を見ない方だし。」
 「そうね。
  林田さんなら、ニコッと微笑って
  そのまま“あっかんべ”をなさるのが愛らしいと、
  三年のお姉様がたが仰せだったけれど。」

  ………………っ☆

 何でわたしの話までが取り沙汰されているのかと。かくり、コケかけた平八としては、

 「あ、林田様っ。」

 彼女もまた、赤い髪色から目立つ存在。しかもしかも、話題になってる金髪娘らの一番のお友達、ともすりゃあ仲間うちでもあるものだから、

 「一体どうされたのですか? 白百合のお姉様は。」
 「紅バラ様があんな素振りをなさるなんて、尋常ではありません。」
 「あ、そそそ、そうですわよねぇ。」

 いきおい、事情を知ってそうだと彼女へ皆が詰め寄って来る始末。どひゃあと肩をすくめて逃げ腰となったものの、人垣の端、遠いところには、昨日も一緒にバンドの演奏練習をした4人組までいるのが見えたので、

 “あちゃ〜〜〜。”

 選りにも選って彼女らまで案じさせてどうしますかと、小さな手で前髪ごと丸ぁるい額を押さえたひなげしさんであり。そんな素振りがまた、おおおこれは何か重大な事態が隠されているのかもと、却って煽ってしまったかも知れずで。

 「きっと、想うお人が重なってしまったのですわ。」
 「白百合のお姉様はきっと身を引こうとなさったのよ。」
 「でも、紅バラ様だとて、お友達を大事になさる方。
  それに、身を引きかねぬ白百合様のご気性も御存知だろから、
  それよりもという先手を打っておいでかも。」

 “それって、相手の殿御にはいい面の皮なんじゃあ…。”

 第一、彼女らの想い人なら全くの全然重なっちゃあいない。こだわってたという意味からなら、島田勘兵衛の一人引っ張りだこ状態だったけれど。今じゃあ その久蔵殿、シチさんを幸せに出来ないような男では認めんと。白百合様の母だか父だかって心境らしいし…という現状、笑えるくらいに承知の平八としては、

 “……面白そうだから、今日1日は放っておきましょうかvv”

 どこまで話の風呂敷が広がるものかと、他人顔を決め込んでいようかななんて思ってしまっても無理はないかも。だってさ、だってね? 事の発端は昨日のバンド練習後。三木さんチでの音合わせを済ませ、それではと下級生たちが先にお暇間したのを見送ってってから。

 『わたしたちは、もうちょこっとお喋りしましょうか。』

 練習で使ったお部屋のお片付けへと、中地下の防音室へ向かいかかった階段の途中。何につまづいたのか七郎次が足元を踏み外し、

 『…っ。』

 素早く受け止めた久蔵の、胸元へと飛び込んでしまった七郎次が…たまたまその口元を、相手の首元へと触れさせてしまっただけ。やわらかな箇所だったからか、ひくりっと肩を震わせた久蔵だったのも、特にややこしい反応ではなかったのにね。階段の踊り場、もつれ合うよにぎゅうと抱き締め合う格好になったこと、どういうものか意識し合ってる二人ならしく。

 “…ったく、可愛らしいったらvv”

 想い人との初めての“ちう”だって、去年の暮れに済ませているはず。(『
聖夜狂想曲』) だっていうのに、そんなニアミス程度へ…何でまた。真っ赤になりの、お互いに目を合わせられないのという、微妙な反応になっているものか。久蔵の側がというのは、バレエのリフト以外じゃあそんな接触に慣れのない身だろうから。どぎまぎしたのも、まま判らんではないけれど。

 “シチさんは…。”

 勘兵衛殿と、結構デートも重ねておいでのはずだのにね。まさかまさか あの壮年、あの風貌でありながら、手も握らずの肩も抱かずじゃあないでしょねと。大きなお世話な案じようへ、う〜むと唸ってしまったひなげしさんの様子から、

 『きっとかなり重大なことで錯綜なさっておいでのお二人なんだわ』

 そんな具合にますますの誤解を深めていようとは。それこそ、放課後になっての三木さんチへ再集合するそのときまで、三人娘らへは伝わって来なかった、笑える事態だったそうでございます。…日々、お寒くなってく頃合いですが、しょむないことででも赤くなってりゃあ、体も温ったまるかもですね。風邪だけは拾わぬよう、せいぜい惚気合ってなさい。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  10.10.26.


  *いつか形にしてやろうと、
   虎視眈々と書く機会を狙ってたネタでございますvv
   人も羨むほど仲のいい三人娘ですが、
   仲たがいってしないのかなぁと、
   選りにも選って私が“?”と思っていたら世話はない。
   きっと些細なことでなんだよというオチなのはお約束ですが、
   男だったことも覚えてる彼らなので、
   ふわり抱きとめた(抱きとめられた)
   相手の肢体の柔らかさに、ドキッとしたりしてたら笑えると。

   「…でもって、勘兵衛殿の雄々しさにもドキドキしてんでしょうに。」
   「や〜ん、言わないで〜vv/////////」
   「……。///////(シチ、かわいいvv)」

   ………どこまでもやってなさい。
(苦笑)

ご感想は こちらへvv めーるふぉーむvv

ご感想はこちらvv(拍手レスもこちら)


戻る